東京簡判平成17318

主文

 1 原告の請求を棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。 

 

事実及び理由

第1 請求

 被告は,原告に対し,60万円を支払え。

第2 事案の概要

 1 請求原因の要旨

   ア 原告は,平成16年11月8日,被告から別紙目録記載のチケット(本件チケット)を代金6500円で買い受け,同日,被告に代金を支払った。

   イ 原告は,本件売買契約においてはチケットの払い戻しが可能であったので,被告に対し,本件チケットの払い戻しを求めた。原告は,被告が本件チケットの払い戻しに応じないため,調停費用及び少額訴訟費用などを支出することになり,他のクレジットの支払などが遅れている。

   ウ そこで,原告は,被告に対し,本件売買契約の解約に基づき本件チケット代金6500円の返還及び慰謝料59万3500円の支払を求める。

 2 被告主張の要旨

 請求原因の要旨記載アの事実は認める。同イの事実については,原告が被告に対し本件チケットの払い戻しを申し入れたことは認めるが,この申入れを解除の意思表示とすれば,原告には解除原因がなく,また,本件売買契約では解除ができない旨の合意が成立しているので,原告は払い戻しを求めることはできない。そこで,被告は,原告に対し,代金返還及び損害賠償をする義務はない。

第3 理由

 1 本件チケット(甲1),電話ガイダンス音声の反訳文(乙1)及びディスプレイの画面のハードコピー抜粋(乙2)並びに原告本人の供述によれば,本件チケットの売買契約においては,不可抗力で興行を中止する場合以外にチケットを払い戻すことができないことが認められる。

 原告は,招待券は払い戻しができない旨記載されていることからすると,招待券でない本件チケットは払い戻すことができるし,また,一般的にチケットの払い戻しは認められているところであるから,被告は払い戻しに応じる義務があると供述する。しかし,招待券を払い戻すことができないことから,招待券でない本件チケットを払い戻すことができると解釈することに合理性はないし,一般的にチケットは払い戻しができるとすることにも根拠がないから,原告の供述は採用できない。その他に原告の本件チケットを払い戻すことが可能であるとの主張を認めるに足りる証拠はない。

 2 以上により,原告の主張は認めることができず,原告の請求は理由がない。

 


東京地判平成251025

主文

 

 1 原告らの請求をいずれも棄却する。

 2 訴訟費用は,原告らの負担とする。

 

 

事実及び理由

 

第1 請求

 1 被告は,原告X2に対し,9万2000円及びこれに対する平成23年9月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 被告は,原告X3に対し,8万5000円及びこれに対する平成23年9月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 3 被告は,原告X4に対し,4万6000円及びこれに対する平成23年9月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 4 被告は,原告X5に対し,9万2000円及びこれに対する平成23年9月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 本件は,被告が主催し,販売したオペラ公演の前売りチケットにつき,その購入者ないし購入者の訴訟承継人である原告らが,同チケットの販売に際し,主演者として大々的に宣伝されていたオペラ歌手が出演をキャンセルしたのであるから,出演者の変更を理由とするチケットの払戻しを認めない旨の契約条項にかかわらず,それが認められて然るべきである旨を主張して,① チケット購入契約の解除(債務不履行,事情変更の法理,あるいは民法641条を解除原因とする。)による原状回復請求権,又は,② 不当利得返還請求権(同契約を消費者契約法4条2項に基づき取り消したこと,あるいは同契約が錯誤により無効であることを不当利得の原因とする。)に基づき,各自のチケット購入代金の返還及びこれらに対する平成23年9月15日(返還請求日より後の日)から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

 1 前提事実(当事者間に争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)

  (1) 被告による前売りチケットの販促活動等

   ア 被告は,イタリアから○○歌劇場を招聘して,平成23年9月17日,同月21日及び同月24日の3日間,東京文化会館において,被告の主催により,同歌劇場の「清教徒」の演目によるオペラ公演(以下「本件公演」という。)を行うことを企画し,平成22年秋頃より,本件公演に係るパンフレット(甲2。以下「本件パンフレット」という。)を配布し,雑誌に広告(甲9の4。以下「本件広告」という。)を掲載するなどして広告・宣伝活動を行うとともに,その前売りチケットの販売を開始した。

   イ 本件パンフレットでは,予定される出演者として,アルトゥーロ役(主役テノール役)がC(以下「C」という。)である旨が記載されるとともに,「不世出の名テノール,Cの比類ないアルトゥーロを是が非でも日本の聴衆の方々に聴いて欲しいと選ばれた演目」,「オペラ史上の奇跡! 100年に1人のテノール,Cによる超高音オペラ」,「マリア・カラス以来の歴史的な至福の体験,これを聴き逃したらオペラファン一生の悔いに…」などと記載されていた(甲2)。

 また,本件広告では,アルトゥーロ役がCである旨が記載されるとともに,「100年に1人のテノール,Cによる至福の体験」などと記載されていた(甲9の4)。

   ウ 他方,本件パンフレット及び本件広告のいずれにも,「記載の内容は,2010年9月1日現在の予定ですので,出演者及び公演内容が変更になる事がございます。公演日ごとの最終的な出演者は,公演当日に発表させていただきます。代役による上演となった場合でも,出演者変更にともなうチケットの払い戻しや,公演日の変更は承れません。公演中止の場合を除き,いかなる場合もチケットの払い戻し,変更は致しかねますので,あらかじめご了承ください。ご了承になれない方は,当日券をご利用ください。ただし,前売りで売り切れとなった場合は,当日券の発売はございません。」との記載があった(甲2,9の4。以下「本件条項」という。)。

 また,前売りチケットの裏面にも,本件条項と同旨の記載があった(甲3の1,16の1,18の1,20の1)。

  (2) 前売りチケットの販売

 被告は,次のとおり,本件公演の前売りチケットを販売した(以下,これらの前売りチケット販売契約を総称して「本件契約」という。)。なお,本件契約は,いずれも消費者契約法所定の消費者契約に当たる。

 X1(以下「X1」という。)

 17日公演のA席1枚4万6000円

 24日公演のA席1枚4万6000円

 原告X3(以下「原告X3」という。)

 17日公演のB席1枚3万9000円

 24日公演のA席1枚4万6000円

 原告X4(以下「原告X4」という。)

 24日公演のA席1枚4万6000円

 原告X5(以下「原告X5」という。)

 17日公演のA席1枚4万6000円

 24日公演のA席1枚4万6000円

  (3) 配役の変更

 被告は,平成23年9月2日,本件公演に係るホームページ上で,Cが本件公演への出演をキャンセルしたことを発表し(甲20の1),前売りチケット購入者に対し,同月6日付け「キャスト変更のお知らせ」と題する書面(甲4。以下「変更告知」という。)を送付した。

 同書面には,Cが,声帯を支える軟骨付近の充血と肥大のため,3週間の声帯の休養が必要と医師から診断されたことを理由に,出演をキャンセルした旨が記載されるとともに,その代役は,17日公演がD(以下「D」という。),24日公演がE(以下「E」という。)である旨が記載されていた。また,同書面では,本件公演におけるリッカルド役(主役バリトン役)として予定されていたFについても,重度の腎臓結石による痛みと発熱のため,15日間の安静が必要と医師から診断されたことを理由に,出演をキャンセルした旨が記載されるとともに,その代役はGである旨が記載されていた。

  (4) 払戻請求

 X1,原告X3,原告X4及び原告X5は,いずれも平成23年9月2日に,Cが本件公演への出演をキャンセルしたことを知った。

 そして,X1は同月5日に(甲3の1・2),原告X5は同月9日に(甲20の1・2),原告X3及び原告X4は遅くとも同月8日に(甲16の1・2,18の1・2),それぞれ被告に対し,Cが本件公演への出演をキャンセルしたことを理由に,各自が購入した前売りチケットの払戻しを請求した。

 なお,原告X3,原告X4及び原告X5は,21日公演についても前売りチケットを購入しており,これについても払戻請求をしていたが,同公演に際しては台風の影響で会場最寄りの上野駅を発着する電車が全線ストップしたことを理由として,来場しなかった顧客に対してチケットの払戻しが行われており(甲22),原告X3,原告X4及び原告X5はその払戻しを受けた。

  (5) 本件公演の実施

 本件公演は,予定されていた平成23年9月17日,同月21日及び同月24日の3日間,変更告知(上記(3))のとおりにCの代役を立てるなどして,実施された。

  (6) X1の権利承継

 X1は,本件訴訟係属中である平成24年8月28日に死亡し,同人の母である原告X2(以下「原告X2」という。)がX1の権利をすべて相続により承継した(以下,X1と原告X2とを区別する実益に乏しいことから,便宜上,「原告ら」という場合には,X1,原告X3,原告X4及び原告X5を指す場合も含むものとする。)。

 2 原告らの主張

  (1) 解除による原状回復請求

 上記1(4)のとおり,原告らは,被告に対し,Cが本件公演に出演しないのであれば,購入した前売りチケットを払い戻すよう請求し,もって,本件契約を解除する旨の意思表示をした。

 その解除原因は,次のとおりである。

   ア 債務不履行(不完全履行)解除

 (ア) 本件契約により,被告は,原告らに対し,所定の日時と場所において,Cが出演する本件公演を実施し,原告らをして同公演を所定の席で鑑賞させることを約した。

 (イ) 上記1(3)のとおり,本件公演の実施に先立ち,被告は,原告らに対し,本件公演にCは出演しない旨を表明した。

 本件公演が実施されても,そこにCが出演しないのであれば,債務の本旨に従った履行ということはできず,原告らは本件契約を締結した目的を達成することができない。このことは,上記1(1)のとおり,被告が,Cの出演を大々的に宣伝することで,高額な前売りチケットを販売していることからしても明らかである。

 (ウ) なお,被告が,○○歌劇場を招聘するための契約を締結するに際し,Cら主役級の歌手が出演を取り止めた場合のペナルティーを定める条項を設けていなかったとみられることなどからすれば,被告がCの出演する本件公演を実施できないと表明したことにつき,被告に帰責性がないとはいえない。

   イ 事情変更の法理に基づく解除

 上記1(3)のとおり,本件公演において,主役級の歌手4人のうちの2人の出演がキャンセルされた。このような事態は前代未聞であり,契約当時には予見し得なかった事情変更が生じたといえる。

   ウ 民法641条に基づく解除

 本件契約は,労務によってもたらされる仕事の完成(Cが出演する本件公演を実施して,原告らにこれを鑑賞せしめること)を目的とするものであるから,請負契約である。

 よって,原告らは,民法641条に基づき,本件契約を解除することができる。

 以上のとおり,本件契約には解除原因があるところ,本件条項は,本件契約の解除を制限するものであるが,民法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限する消費者契約の条項であって,民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるから,消費者契約法10条に基づき無効である。

  (2) 不当利得返還請求

   ア 消費者契約法4条2項に基づく取消し

 (ア) 原告らは,本件契約を締結するに際し,被告が「100年に1人」の「比類ない」歌手による「歴史的な至福の体験」という断定的判断を提供したことにより,本件契約の内容は,Cを主演とする公演であると誤認して,契約の申し込みを行った。

 (イ) 上記1(4)のとおり,原告らは,被告に対し,Cが本件公演に出演しないのであれば,購入した前売りチケットを払い戻すよう請求し,もって,本件契約を取り消すとの意思表示をした。

   イ 錯誤無効

 原告らは,本件契約を締結するに際し,本件公演にCが出演しないのであれば,公演が中止され,チケットが払い戻されるものと信じていた。そのため,原告らは本件契約を締結したのであり,Cが出演しなくともチケットが払い戻されないと知っていたならば,高額な前売りチケットを購入しなかった。

 3 被告の主張

  (1) 解除による原状回復請求に対する主張

 原告らが被告に対して本件契約を解除する旨の意思表示をしたことは認めるが,次のとおり,同意思表示はその解除原因に欠けている。

   ア 債務不履行(不完全履行)解除

 (ア) 本件契約について被告に債務不履行はない。

 本件契約の締結に際し,Cは,あくまで本件公演における出演予定者とされていたのであり,被告が原告らに対してその出演を確約・保証した事実はない。被告がチケット購入者に対して負う義務の内容は,本件公演を行うこと,その際,予定された出演者が出演できなくなったときは代役によって同公演を行うことである。

 原告らは,上記1(1)イのような,Cの出演に関する広告・宣伝を論難するが,出演予定のない者を予定者と偽ったというなら格別,出演予定者の広告・宣伝を行うのは当然であるし,本件パンフレットや本件広告にも,Cが出演「予定」者であることは明記されており,上記1(1)ウのとおり,本件条項において,予定された出演者が変更になることもあり得るがその場合にもチケットの払戻し等は行わないと記載されているのであるから,本件契約が,代役による公演があり得ないという内容のものであるとは到底考えられない。

 そして,被告は,Cの出演が不能となった後,残されたわずかの期間に最高・最善の努力を尽くし,その状況下において,考え得る最高の代役を確保して本件公演を行ったのであるから,被告に債務不履行はない。

 (イ) また,Cの出演キャンセルにつき,被告には帰責性がない。

 変更告知(上記1(3))に記載したとおり,Cは体調不良から医師に休養を指示されたことを理由に来日しなかった。24日公演が,3週間の休養期間の経過後であるとしても,予定どおり3週間で完治する保証はないから,主催者たる被告としては,上記期間の満了日からわずか3日後の24日公演についても代役を用意する必要があったし,そもそも練習,準備期間を置かずに,いきなり出演を求めることは現実的でない。

 なお,外国人歌手との契約において,歌手が勝手に来日を取り止めれば,歌手にペナルティーが生じるのは当然であるが,他方で,歌手にやむを得ない事情があれば,どのような契約をしても来日は実現できないのであるから,体調不良を理由にCが来日を取り止めたことにつき,○○歌劇場を招聘するための契約内容にその帰責性を求める原告らの主張は失当である。

   イ 事情変更の法理に基づく解除

 本件公演における出演者の変更は,大きな社会事情の変更ではないし,また,予測可能なことであり,被告は変更があり得る旨告知もしていたのであるから,事情変更の法理に基づき本件契約が解除できると解することは到底できない。

   ウ 民法641条に基づく解除

 本件契約は,被告が原告らから注文を受け,その注文内容に沿って公演を行うというものでなく,また,原告らが支払う対価は,特定の席において当該公演を鑑賞することのできる権利の対価であって,当該公演を行うという結果に対する報酬ではないから,請負契約の性質を持たない。

 また,民法641条の趣旨である「注文者が望まない仕事を完成させることは無駄である」との事情は,不特定多数の公衆に鑑賞する権利を与えるチケット販売契約には全く妥当しない。仮に民法641条に基づく解除ができるとすれば,他のチケット購入者に対しても公演を開催する義務を負っている被告に本件公演を中止させるべく,チケット購入者の全員で共同して解除の意思表示をすべきであるが,そのような意思表示がなされた事実はない。

 さらに,チケット購入契約を解除するには,被告に生じた損害を賠償しなければならないが,その損害賠償は履行利益の填補でなければならず,チケット購入代金を賠償しなければならないのであるから,解除を認める実益にも欠ける。

 よって,民法641条に基づく解除が認められる余地はない。

 以上によれば,そもそも原告らは,本件条項がなくとも本件契約を解除できないし,また,総合芸術であるオペラの公演において,出演者の一部が出演できなくなることは当然あり得ることであって,その場合,代役公演を行うことでチケットの払戻しを行わないことは,オペラ公演を成立させるために必要であり,一般的に行われているものであるから,本件条項は,民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものには当たらない。

  (2) 不当利得返還請求に対する主張

   ア 消費者契約法4条2項に基づく取消し

 被告が,原告らに対し,Cの出演が確実であるとの断定的判断を提供した事実はない。

   イ 錯誤無効

 原告らは,オペラ公演において代役公演が行われることが希有でないことを認めている上,本件条項の存在からしても,原告らが,Cが出演しなければ,チケットの払戻しが行われるとの誤信をしたとはおよそ考え難い。これらの事情に照らせば,仮に原告らが錯誤に陥ったのだとしても,原告らには重大な過失がある。

 また,上記の錯誤は動機の錯誤であるところ,このような動機が被告に表示された事実はないし,そもそも原告らはこれを表示した旨の主張もしていない。さらに,代役公演になってもチケットの払戻しをしないと分かっていれば,一般人が本件公演のチケットを購入しないとはいえないのであるから,上記の錯誤が要素の錯誤ということもできない。

第3 当裁判所の判断

 1 解除による原状回復請求について

  (1)ア 前記前提事実(第2の1(1))に加え,証拠(甲2,9の4)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,本件公演の前売りチケットを販売するに際し,本件公演で行われる「清教徒」は,主役テノール役に対してオペラ史上最高音を頻繁に要求する上演至難な演目であること,本件公演でその主役テノール役を演じるのは100年に一人の逸材と評価されているCであるから,本件公演を鑑賞すればその秀逸な技巧を存分に味わえること,このような機会は今後およそ得難いことを顧客に告知する内容の広告・宣伝活動を,前記第2の1(1)イ記載のもののほか,「本場イタリアでも上演至難な『清教徒』を遂にCで,日本で実現!」,「オペラ史上のテノール最高音,頻出!超絶技巧のアリア」,「テノールの異常な超高音が頻出するこの難役をCは完璧にクリアーするばかりでなく,その精妙なベルカント歌唱のすばらしさにも唖然とするより他はない」,「稀代の名テノールの最も脂ののりきった時期にその歌唱を体験できるのはこの上ない幸運だ」,「オペラ愛好家のあなたなら,これを聴かずして何を聴く!?」などの煽り文句を繰り返し用いながら行っていたことが認められる。

 このような広告・宣伝活動を受けた顧客は,本件公演にCが出演することを期待し,また,本件公演の主催者である被告が,Cの出演確保のために適切な措置を講じるものと信頼して,比較的高額なその前売りチケットを購入するものというべきであるから,当該購入契約を締結するに際しては,Cの出演があくまで予定とされ,本件条項が存在していることにかかわらず,Cが出演することなく本件公演が実施されることを容易に許容しない意思を有していることが推認され,また,上記のような広告・宣伝活動を行うことで顧客の購買意欲を殊更に煽った被告においても,このような顧客の意思については当然に認識し,了承していたことが推認されるというべきである。そして,このことは,本件契約における原告らと被告との間でも異なるものではない。

 以上の事情を踏まえ,本件契約における当事者の意思を合理的に解釈するならば,本件契約により,被告は,原告らに対し,所定の日時と場所において,Cが出演する本件公演を実施し,原告らをして同公演を所定の席で鑑賞させる債務を負ったものであり,ただ,Cが出演しないことがやむを得ないというべき特段の事情がある場合に限り,本件条項によって,合理的な裁量による選択肢の範囲内でその配役の変更が認められる旨の合意をしたと解するのが相当である。

   イ そこで,本件契約について上記特段の事情があるかを検討するに,前記前提事実(第2の1(3))に加え,証拠(甲4,乙15ないし17)及び弁論の全趣旨によれば,C(○○歌劇場)は,被告に対し,本件公演初日(17日公演)の直近の時期に,医師の具体的な診断内容を示した上で,3週間の声帯の休養が必要であり,本件公演における主役テノール役を演じることが困難であるとの理由から,その出演をキャンセルする意向を示し,来日もしなかったことが認められ,その一方で,本件全証拠によっても,上記のようにして出演を拒んだCをしてなお,被告が本件公演に出演させることができたというべき事情や,あるいは,このようなキャンセルを招いたことに被告の落ち度があった(被告がとるべき措置をとっていなかったがゆえに,このようなキャンセルを招いた)というべき事情を認めるに足りない。

 そうすると,Cが本件公演への出演をキャンセルしたことにつき,被告の責めに帰すべき事情はなかったと認めるのが相当であり,Cが出演しないことがやむを得ないというべき特段の事情が認められるから,被告は,本件条項により,合理的な裁量による選択肢の範囲内でその配役を変更することができ,その反面,原告らがそのような変更がなされたことを理由として本件契約を解除することは制限される。

 そして,証拠(乙1ないし10〔枝番を含む。〕)及び弁論の全趣旨のほか,上記のとおり,Cにより出演キャンセルがなされたのは,本件公演初日の直近の時期であったことにも照らすと,被告の立てた代役(D及びE)が,その合理的な選択肢の範囲内から逸脱するものであったと認めるに足りないというべきである。

   ウ したがって,被告は,本件条項に則り,配役の変更を行ったと認められるのであり,原告らが本件契約を解除することはできない。

  (2) 原告らは,本件条項につき,本件契約の解除を不当に制限するものであるから,民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害する条項であり,消費者契約法10条により無効である旨を主張する。

 そこで,以下,原告らが主張する解除権ごとに,本件条項の消費者契約法10条への該当性を検討する。

   ア 債務不履行(不完全履行)解除

 上記(1)アで認定説示したように,本件契約により,被告は,原告らに対し,Cが出演する本件公演を実施する債務を負ったというべきであるから,本件公演にCが出演しなければ,それは債務の本旨に従った履行ということができず,原告らにおいて本件契約を締結した目的を達成することができないのであって,これは不完全履行というべきで,そのことにつき被告に帰責性がないということができなければ,原告らは本件契約を解除することができると解するのが相当である。

 しかしながら,上記(1)イで認定説示したように,上記不完全履行については被告に帰責性がないといわざるを得ないから,原告らがこれを理由に本件契約を解除することはできない。

 したがって,本件条項の有無にかかわらず,原告らは債務不履行に基づく本件契約の解除をすることはできないのであって,債務不履行解除が制限されることを理由に,本件条項が消費者契約法10条に該当する旨をいう原告らの主張を採用することはできない。

   イ 事情変更の法理に基づく解除

 事情変更の法理に基づいて契約の解除が認められ得るのは,契約締結後その基礎となった事情が,当事者の予見し得なかった事実の発生により変更し,このため当初の契約内容に当事者を拘束することが極めて過酷になった場合であると解されるところ,原告らが主張する本件公演における出演者の変更については,このような場合に当たらないことが明らかであるから,事情変更の法理に基づく解除をいう原告らの主張は,主張自体失当である。

 したがって,事情変更の法理に基づく解除が制限されることを理由に,本件条項が消費者契約法10条に該当する旨をいう原告らの主張を採用することはできない。

   ウ 民法641条に基づく解除

 原告らは,本件契約は請負契約であるから,民法641条に基づき解除できる旨を主張するが,そもそも本件契約を請負契約とすること自体に疑問がある上,仮に本件契約に民法641条を適用ないし準用する余地があるとみても,その解除に際しては,被告の損害を賠償する必要があるものと解される。そして,被告は原告らに前売りチケットを販売したことで,他の顧客に当該チケットを売却する機会を喪失しており,原告らが解除の意思表示をした時期や状況等に照らせば,解除後の時点では当該チケットを他の顧客に売却できる見込みに乏しかったことが推認される(乙18参照)。そうすると,原告らが賠償すべき被告の損害額は,結局,購入した前売りチケットの代金相当額になるということが考えられるし,売却見込みに乏しい中で,更に費用をかけて販売活動を行うことを被告に強いるのであれば,売却に至らずに費用倒れとなる危険があることも否定できない。このような事情に加え,本件契約に関しては,被告は他の顧客との関係でも本件公演を実施すべき義務を負っているから,典型的な請負契約とは異なり,原告らが契約を解除したとして,被告は本件公演の実施を取り止めることはできず,原告らの解除に伴い費用の出費を免れることがないこと,むしろ,Cら出演予定者のキャンセルに伴い,被告は,その相当な代役を立てるために相応の経費等を負担したと考えられること,本件契約において被告が原告らに対して負う債務の内容としては,所定の日時と席で本件公演を鑑賞できる地位を,他の顧客に売却することなく前もって確保しておくというものも含まれているところ,この債務は既に一部履行されており,原告らが解除の意思表示をした時点における既履行部分の前売りチケットの価格に占める対価の割合は,少なくないものと考えられることなどの事情にも照らすと,仮に本件契約に民法641条を適用ないし準用する余地があるとしても,少なくとも本件において原告らが解除の意思表示をした時点においては,出演者の変更につき帰責性のない被告との関係で契約の解除を認めない本件条項の適用につき,民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものということはできないというべきである。

 よって,民法641条に基づく解除ができることを理由とする原告らの主張も採用することができない。

  (3) 以上によれば,原告らの被告に対する本件契約の解除による原状回復請求は,いずれも理由がない。

 2 不当利得返還請求について

  (1) 消費者契約法4条2項に基づく取消し

 この点の原告らの主張(前記第2の2(2)ア)は,被告が,原告らに対し,本件公演にCが出演することにつき断定的判断を提供した旨をいうものと解されるところ,本件条項の存在に照らしても,被告によって上記のような断定的判断が提供されたと認めることはできないし,また,本件全証拠によっても,原告らが,Cの出演が確実であるとの誤認をしたと認めるに足りない。

  (2) 錯誤無効

 原告らは,本件公演にCが出演しないのであれば,公演が中止され,チケットが払い戻されるものと信じていた旨を主張するが,本件条項の存在に照らし,本件全証拠によっても,原告らがこのような誤信をしたことを認めるに足りない。

  (3) 以上によれば,原告らの被告に対する不当利得返還請求は,いずれも理由がない。

第4 結論

 よって,原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。